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こうみえて(?)


私は家族以外との対人関係が始まった園児の頃から
かなり、人見知りのはげしい子供だった

"人見知り" というものが
どういうメカニズムで起こるのか分からないけど

自分がどう思われているのか
相手に受け入れられないのではないか

ということが
幼い私にとってとても "恐怖" だった


さらに、小学校低学年の頃から
人知れず内にヘビーな問題を抱えていたし(自身のことではないけど)

それをちょっと楽観的に捉えてみよう、とか
意識を他に向けてみようとか
そんな能力もなく

おどおどと、常に人の顔色をうかがっているような
かわいくない子供だったと思う


・・・今思えば。
客観的にみるとそれって、ずいぶん "自意識過剰"

自分が思ってるほど、他人って自分のこと見てないし
だいたい、学校や組織の中にいれば 「なんじゅうぶんの一」 な存在。

それに
世の中に "完璧な人間" なんていなくて
自分がそうであるように、人には 「得手不得手」 があって
誰でも受け入れられる人なんてそうそういるものでもない・・・


出来ることなら
何十年も前の自分にそう伝えてあげたい



人にはそれまで培ってきた
経験や学習で形成された "性格" や "人格" があるが
生まれもってのその人の本質的なもの= "資質" は生涯、不変なのだとか。


"魂" とかそういうもの?


だとしたら
積み重ねられた記憶や概念、抑圧された感情・・・とか
それらを全部とりのぞいた 「まっさらの自分」 とは
一体どういう人間なんだろう・・・


ちょっと興味深い。


・・・どうやったら知れるんだろう



もしかしたら

石橋を叩き過ぎて 
割れて渡れなくなってしまうほどの
慎重で恐がりだと思っていた自分が
実はとても大胆でサディストであるかもしれない・・・笑


・・・そうそう、
小・中学生の頃の通知表の担任の先生からのコメントには
まるで判で押したように 「もっと積極的に・・・」 という言葉が
毎回書かれていた

そのたび
(自分は消極的な人間なんだ・・・) と認識させられ
逆にそこから身動き出来なくなっていたような気もする

それでも、そんな子供の頃から
「お祭り」と聞くと いてもたってもいられなくなったり
ノリのいい音楽が流れれば、
自然とリズムをとっているラテンな自分もいる。笑



あ、そうだ
酔っ払ったときに出る人間性、あれはどうなんだろう

普段、とてもおとなしい人が突如、暴君と化したり
いつも明るく面倒見のいい人が
思いがけず泣き上戸になったり・・・


それこそ、日頃抑えてる感情や欲求が噴出されるのか
アルコールが誘発剤となって。


まぁ すべての人が周りを配慮することなく
自分の思うまま、感情のまま生きていたら
世の中はとんでもないことになってしまうんだろうけど。



一度、本人も知らない
「まっさらな自分」 っていうのを俯瞰で見てみたいものだ
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by sac21 | 2012-03-23 23:17 | Aria | Comments(0)
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